2020年01月01日

リーバイス

リーバイ・ストラウス(Levi Strauss & Co.)は、アメリカを拠点とするアパレルメーカーであり、ジーンズのリーバイス(Levi's)で知られている。ただし、業務縮小に伴いアメリカ国内での同社のジーンズ生産工場は既に全て閉鎖されている。

沿革 1853年にリーヴァイ・ストラウスがアメリカで創業したのに始まる。
リーバイ・ストラウス&カンパニー(アメリカ)
地域総括
リーバイ・ストラウス・アメリカズ
リーバイ・ストラウス・ヨーロッパ
リーバイ・ストラウス・アジア・パシフィック・ディビジョン

References from Wikipedia





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2007年03月28日

ジーンズの用語

ステッチ 糸の縫製のこと。

パッチ ウエストバンドの後ろにつく革や紙製のラベルのこと。主にブランド名やサイズなどが表記されている。

コインポケット ジーンズ前側右手ポケット部分に付いているデニムで出来た小さなポケットのこと。ウォッチポケットとも呼ばれ、腕時計が普及する以前に懐中時計を入れるポケットだったと言われる。

リベット ポケットの端など力のかかる部分を補強するために打ち込まれた鋲のこと。ジーンズ誕生の要。金属製で最近は主にアルミが素材として用いられるが、かつては鉄や銅、ニッケルの合金が使われた。現在はカンヌキと呼ばれるバータック(ジグザグのステッチ)が主流。1937 - 1966年のリーバイスジーンズでは、シートなどを傷つけないために生地の内側から打たれた「隠しリベット」が用いられた。1940年代には股部分にもリベットが施されていた。

スレーキ フロントポケットの袋布のこと。

右綾・左綾 デニムの織り目の方向のこと。右綾はリーバイス、左綾は Lee が有名。それぞれ色落ちなどに違いが出る。

シンチバックル 後ろの腰部分に付けられたウエストのサイズを調節するバンド。

バックヨーク 腰の切り返し部分のこと。ジーンズ形成の上で重要な部分である。

セルビッジ 布生地の両端のこと。昔のデニム生地は技術的な問題により幅が27インチ前後と狭く、ジーンズを縫製するために効率よく生地を裁断するとこのセルビッジが両足の外側に回されることになる。そしてジーンズが脇割り縫い仕様である場合このセルビッジが特徴的な色落ちをもたらす。

赤耳 赤いステッチが入っているデニムのセルビッジのこと。裾の

裏側で確認できる。古いリーバイスジーンズの特徴の一つ。
脇割り縫い 縫製方法の一つ。ジーンズに限らず一般的なスラックスに用いられる。

ボタンフライ フロント部がボタンになっていること。リーバイス501が代表的。防縮加工技術が開発される前は殆ど全てのパンツはボタンフライであった。
ジップフライ フロント部がジッパーになっていること。
ビンテージ フランス語でワインの生産年のことである。特に豊作の年の極上ワインを「Vintage wine」と称することから、ジーンズの過去の名品を総称してビンテージジーンズと呼ぶことがある。


References from Wikipedia


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人気ジーンズ

Levi's 501
リーバイスが最初に手がけたジーンズのモデル。誕生したのは1890年代である。現在ジーンズにおける「501」という番号は、商標登録されている。もともとジーンズは「ウエストオーバーオール」と呼ばれており、「501」とはそれにつけられた品番(ロットナンバー)であった。

ボタンフライ仕様(股をボタンで留める方式)で、「01デニム」という「501」専用デニムが使われている。「シュリンク・トゥ・フィット」とは、糊の付いた状態から洗うと数インチ縮むこの素材を、着用と洗濯を繰り返すことで体になじませるという、リーバイスが提唱した原則である。もっとも衣類に防縮加工が施されるようになったのは1928年以降のことであり、当時の殆ど全ての衣類は洗えば縮んだ。ちなみに初の防縮加工ジーンズは1947年発売のラングラーの 11MW である。また1980年代あたりより多数のバリエーション(異素材使用、洗い加工)が生産販売されるようになったため、現在では上記の仕様に沿った501は501という製品の1バリエーションに過ぎない。

近年まで主にアメリカで生産されていたが、生産コスト削減の理由で2004年1月にアメリカの工場は閉鎖され現在はメキシコ、フィリピン、ドミニカ共和国などで生産、1930 - 80年代の仕様を年代ごとに再現した高価な日本製の製品も販売されている。

Levi's 505
上の「501」よりもやや細めのストレートジーンズ。それまでのボタンフライ型をジップフライ型(フロント部をジッパーで留める方式)に改めた革命的モデル。元は 551Z (「Z」は zipper :ジッパーの意)というロットでアメリカ東部向けに製造。ヴィンテージジーンズファンの間では501より細身のそのシルエットが美しいと評され、1990年代のジーンズブーム時にビンテージ物が非常に良く出回った。1967年発売。

デニムには防縮加工が施された。発売した頃は「シュリンク・トゥ・フィット」に対照的な、ぴったりのサイズを買うよう求める文句がタグに記載された。501と同じ素材の「501Z(502)」も存在するが、短命に終わった。

このロットナンバーは US505 と 505 の2種類が存在した。USバージョンはアメリカ製、USなしはフィリピン製である。同じサイズでもフィリピン製の方が細めだった。

Levi's 517
「ブーツカット」と呼ばれる膝から下にかけ緩やかに広がるシルエットで、見た目の美しさが光るモデル。1971年発売。

Levi's 606
タイトスリム(スーパースリム)のジーンズ。現在ではブラックとBIG「E」の復刻バージョンがある。

Levi's 646
膝から下の広がりが517よりも大きい「ベルボトム」と呼ばれるシルエット。

Lee Riders 101
アメリカの3大ジーンズブランドの一つ、 Lee の製品。 Lee ではジーンズのことを Riders (この場合は馬の乗り手の意味)と呼称する。101はかのジェームス・ディーンが映画劇中及び私生活で愛用した。

Wrangler 11MW
アメリカの3大ジーンズブランドの一つ Wrangler の製品。防縮加工された初めてのジーンズ。

EDWIN 400番台
インターナショナルベーシックシリーズのジーンズ。エドウィン社のストレート・スリムジーンズの定番となっている。
402 - 405がストレート、406 - 408がスリムである。ストレート・スリムともに末尾の数字が大きくなるほど太目のモデルとなる。

EDWIN 503
ブラッド・ピットが CM に出演した事で有名になる。


References from Wikipedia


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ジーンズの基礎知識

1955年の映画『理由なき反抗』でジェームズ・ディーンが着用していた事から、世界中の若者の間にファッションとして普及していった。

日本での普及のきっかけは、1945年の敗戦後。アメリカ軍が放出した古着のなかに大量のジーンズがあり、当時の若者たちが着用したかららしい。その時着用した有名人に白洲次郎がいる。1963年に大石貿易(ブランド名:キャントン)がデニム生地をキャントンミルズ社から輸入し国内初のブルージーンズを発売する。

かつては日本では「Gパン」という呼び名が一般的であった。これはアメリカの G.I. が履いていたので、そのパンツということでGパンとなったとする説、また、ジーンズを初めて日本に紹介した人物が、ジーンズ (jeans) のパンツの意味で「Jパン」と名づけようとしたが、「J」の代わりに元の発音に近い「G」を代用したという説などがある。

2004年1月8日、リーバイ・ストラウス社は兼ねてからの業務縮小に伴い、アメリカ国内での最後のジーンズ生産工場を閉鎖した。

現代のジーンズは、ヨーロッパで生まれたデニムを、アメリカに持ち込んだリーバイ・ストラウスの発案により誕生した。その起源は15世紀、イタリアの港町ジェノバで作られた厚く丈夫な布地、あるいはその布地でできたパンツを着用していた水夫たちをジェノイーズと呼んだのが語源だといわれる。ジェノバは、中世ラテン語で Janua 、当時のフランス語では Janne 、英語は Gene 、これらが入り混じって現代の jeans というつづりに落ち着いたようだ(ジェノイーズは現在では一般的にデニムと呼ばれている)。フランス産のセルジュ・ドゥ・ニーム(英語ではデニム)を、ゴールドラッシュにわくアメリカ西海岸でテント地としてヒットさせたリーバイ・ストラウスが、その生地をインディゴで虫除け、蛇避けを兼ねて染めたものが、ブルーデニムであり、ジーンズの発祥である。リベットは、前と後ろのポケットの両端に打ちつける。そのほかの仕様には一定の決まりが無かった。価格は3ドル(当時としてはかなり高かった)。この作業ズボンは評判がよく、評判が評判を生んでよく売れた。リーバイ・ストラウス社からテント地を買っていたヤコブ・デービスは、彼に「リベットで補強した衣類」の特許申請を持ちかけた。共同による特許取得申請は、1873年5月20日に受理。その代わり、販売に関しての権利を2人で分割し、ヤコブ・デービスは初代の工場長に就任した。このポケットの取り付け部分の生地が破れぬ様に馬具のブランケット用のリベットを打ち込んだのが、現在まで通ずるジーンズの直接の原型である。

その後、素材をキャンバス生地からデニム生地へとシフト、1878年にドイツで開発された合成インディゴを染料とし、その後のジーンズは確実な発展を遂げていくことになる。

References from Wikipedia


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リーヴァイ・ストラウス

リーヴァイ・ストラウス(Levi Strauss, 1829年2月26日 - 1902年9月26日)は、ドイツ系アメリカ人の企業家。リーバイ・ストラウス社を創業した。構造主義人類学者クロード・レヴィ=ストロースとは遠縁に当たる。

ストラウスはババリアのフランケン地方ブッテンハイムで、ユダヤ人の一家にレープ・シュトラウス(Löb Strauss)として生まれた。1847年にシュトラウスは母親と二人の姉妹と共にニューヨークに移り住み、二人の兄、ヨナ、ルイス・レーブが営んでいた織物業を手伝い始めた。1850年に彼は「レヴィ・シュトラウス」と改名した。

1853年にシュトラウスはカリフォルニア州サンフランシスコに移り住み、英語読みの「リーヴァイ・ストラウス」となる。当時はゴールドラッシュの最盛期であり、ストラウスは金の採鉱者達が衣服や縫製の需要を持っていると期待した。彼はテントや荷馬車の幌を作るためにキャンバス帆布を準備し、採鉱者達に販売した。

ストラウスは義理の兄弟デヴィッド・スターンと共にリーバイ・ストラウス社をカリフォルニア・ストリートに開業した。

1872年、ストラウスはネバダ州レノで洋服店を営むジャコブ・デイヴィスからの手紙を受け取る。デイヴィスはストラウスの上顧客の一人であった。その手紙にはデイヴィスが客のためにおもしろい方法でズボンを作ったことが書かれていた。彼はズボンに金属鋲を用いたのであった。デイヴィスには特許を取得するための資金がなかったため、ストラウスがその資金を提供し、彼らは協同で特許を取得した。

1873年5月20日、ストラウスとデイヴィスはデニムの作業ズボンのポケットを銅製の鋲で強化する特許を特許番号139121号として取得した。リーバイ・ストラウス社はニューハンプシャー州マンチェスターのアモスキーグ社製の帆布を用いて、最初のジーンズを製造し始めた。

リーヴァイ・ストラウスは1902年9月26日に73歳で死去した。会社は四人の甥 - ジャコブ、ルイス、アブラハムおよびジークムント・スターン - が引き継いだ。会社は1906年のサンフランシスコ地震とその後の火災により打撃を受けたが再建することができた。その後ジャコブ・デイビスは株を会社に売り戻した。


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